芥川龍之介「ピアノ」
或雨のふる秋の日、わたしは或人を訪ねる為に横浜の山手を歩いて行つた。この辺の荒廃は震災当時と殆ど変つてゐなかつた。若し少しでも変つてゐるとすれば、それは一面にスレヱトの屋根や煉瓦の壁の落ち重なつた中に藜(あかざ)の伸びてゐるだけだつた。現に或家の崩れた跡には蓋をあけた弓なりのピアノさへ、半ば壁にひしがれたまゝ、つややかに鍵盤を濡らしてゐた。のみならず大小さまざまの譜本もかすかに色づいた藜の中に桃色、水色、薄黄色などの横文字の表紙を濡らしてゐた。…すると突然聞えたのは誰かのピアノを打つた音だつた…。廃墟の中のピアノが突然一音、音を鳴らした。ちょっぴりミステリアスな短編です。蜜柑と同じく芥川龍之介の実体験かしら?
※この作品は、オーディオブックとして発売になりましたので、ダウンロードはできません。
(5:50)
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